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   (高知県の観光)

お遍路記

(香川県)
―讃岐の国 「涅槃の道場」―
   


四国八十八ヶ所霊場
 徳島県    高知県    愛媛県  


弘法大師

高野山

四国別格二十霊場


四国霊場奥の院

お遍路とは・四国八十八ヶ所巡りの由来

必要な用具・巡拝手順


本尊について

(各札所の本尊名をクリックするとおすがたが出ます)
  

遍路記録




第六十六番札所 巨鼇山(きょごうさん) 雲辺寺(うんぺんじ)
御朱印 お姿 開基・本尊・御真言 札所名について
開基・弘法大師
本尊・千手観音菩薩
御真言・おん 
   ばざらたらま 
  きりく(そわか)

…………………………
池田町白地763−2
0883-74-1707

  八十八ヶ所中最高峰に位置する寺
「はるばると雲のほとりの寺に来て月日をいまはふもとにぞ見る」と御詠歌に詠われ、標高927m香川県と徳島県の県境をまたぐ四国山脈に位置する雲辺寺は、霊場の中では最も高い位置にあります。「遍路泣かせ」と言われた、この急勾配な坂道は登りに2時間はかかる最大の難所とされてきました。霊山の趣きに惹かれた当時、16歳の弘法大師が延歴8年(789)に堂宇を建てたのが始まりです。寺の裏手には四国4ヵ国を一望できる展望台があります。
「おたのみなす」
五百羅漢像

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第六十七番札所 小松尾山(こまつおざん) 大興寺(だいこうじ)
開基・弘法大師
本尊・薬師如来
御真言・おん ころころ
せんだりまとうぎ そわか

…………………………
山本町辻松尾4209
0875-63-2341
  大師作と伝えられる薬師如来が本尊
周りはのどかな田園風景が広がり、地元では「小松尾さん」と呼ばれ親しまれている大興寺。こぢんまりとした境内には弘法大師お手植えと伝えられる楠の老樹や、音色の良いことで知られている梵鐘などがある。寺の前の小さな橋を渡って仁王門をくぐります。この寺は、弘仁13年(822)、嵯峨天皇の勅願により弘法大師が熊野権現鎮護の札所として開いたのが始まりと伝えられています。薬師如来を刻んで本尊として安置し、堂宇を建立したといいます

小松尾寺のカヤ
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第六十八番札所 琴弾山(ことひきざん) 神恵院(じんねいん)
開基・日証上人
本尊・阿弥陀如来
御真言・おん 
    あみりた
    ていぜい 
    からうん

…………………………

観音寺市八幡町1−2−7
0875-25-3871

  霊場唯一の一寺ニ札所
琴弾山(ことひきざん)の中腹に立つ神恵院と観音寺は、一つの境内に二つの札所がある一寺ニ札所で非情に珍しい構えとなっています。境内の隅に納経所があるが、観音寺の納経所も兼ねているので、ニ札所の納経が一緒にできるといい、お遍路さんによってはありがたい札所です。開基はこの地で修行していた日証上人が八幡大菩薩を山頂に運び社殿に祀った事が始まりと伝えられています。

巡礼日

第六十九番札所 七宝山(しっぽうざん) 観音寺(かんのんじ)
開基・日証上人
本尊・聖観音菩薩
御真言・おん
     あろきゃ
     そわか
…………………………
観音寺市八幡町1−2−7
0875-25-3871

  重要文化財に指定されている寺宝がある
神恵院と同じく、観音寺も大宝3年(703)に日証上人のよって琴弾八幡宮の神宮寺として建立された寺です。札所間の距離は四国霊場中、最短です。境内が隣接している為ほとんど一つの寺のような雰囲気があります。大同年間8806〜809)、弘法大師がこの地を訪れ、そのまま第七代住職になっています。観音寺境内には回遊式枯山水庭園があり天然記念物の根上り松は、ここから歩いて200mほどの所にある。

巡礼日

68・69番山門 第68番本堂 第68番大師堂 第68・69番鐘楼堂
第69番本堂 第69番大師堂




第七十番札所 七宝山(しっぽうざん) 本山寺(もとやまじ)
開基・弘法大師
本尊・馬頭観音
御真言・おん あみりと
    どばんだ うん
    はった そわか
…………………………
豊中町本山甲1445
0875-62-2007

  馬頭観音を本尊としている唯一の札所
田園風景の中に、遠くからでも見える五重塔は、この札所を目指すお遍路さんにとって格好の目印です。本山寺の本堂は大同2年(807)、平城天皇の勅願により弘法大師が一夜ほどで建てた「一夜建立」の堂であると伝えられています。この用材は讃岐の山では手頃なものが見つからなかった為、阿波の祖谷山より切り出したものだtぴいます。この時、弘法大師は馬頭観音(ばとうかんのん)、脇士の薬師如来と阿弥陀如来を一刀3礼にて刻みました。

五重の塔

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第七十一番札所 剣五山(けんござん) 弥谷寺(いやだにじ)
開基・行基
本尊・千手観音菩薩
御真言・おん 
   ばざらたらま 
  きりく(そわか)

…………………………
三野町大見乙70
0875-72-3446
有料参道使用で近く迄可

  霊気漂う弥谷山中腹に建つ寺院
「仏の山」として民間信仰を集めている弥谷山。札所に続く石段の脇には、死者の霊魂をとむらいう為か五輪塔が多く置かれ、樹木の陰には古い墓が並んでいます。また急勾配な石段は262段+108段あり、八十八ヶ所でも有数の難所であると言われています。行基が弥谷山に登ったところ四国・中国地方の8国が眺望できたので、東の峰に阿弥陀如来、西の峰に釈迦如来を安置し、蓮華山八国寺」と名づけたのが始まりです。

摩崖仏

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第七十ニ番札所 我拝師山(がはいしざん) 曼荼羅寺(まんだらじ)
開基・弘法大師
本尊・大日如来
御真言・おん
    あびらうんけん
    ばざらだどばん
…………………………
善通寺市吉原町1380−1
0877-63-0072
駐・有料

  本堂の中は曼荼羅空間が広がるという
曼荼羅が創建されたのは、推古天皇4年(596)で、弘法大師の先祖である佐伯家の氏寺として建立されたものです。当時は世坂寺(よさかじ)と称して、大同2年(807)、唐から帰国した弘法大師は亡き母の菩薩を弔うため、清龍寺を模して伽藍を建て、大日如来を刻んで本尊としました。この時唐から持ち帰った金剛界と胎蔵界(たいぞうかい)の曼荼羅も安置し、寺号も曼荼羅寺と改めたといいます。
巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第七十三番札所 我拝師山(がはいしざん) 出釈迦寺(しゅっしゃかじ)
開基・弘法大師
本尊・釈迦如来
御真言・
のうまくさんまんだ
ぼだなん ばく

…………………………
善通寺市吉原町1091
0877-63-0073
駐・有料

  七才の大師が大誓願を立て身を投げられた
曼荼羅寺を出て、更に車道を500mほど登っていくと、ひときわ高い山の麓に出釈迦寺がある。この山は、かつて倭斬濃山(わしのやま)と言われていました。弘法大師が、信魚と呼ばれていた七才の時にこの山で修行をつみ、衆生済度の大誓願を立て高い崖から身を投げられましたところを釈迦如来に救われ「大願成就」の印を示されました。

巡礼日

本堂 大師堂
山門
平成20年新築予定です
鐘楼堂
平成20年新築予定




第七十四番札所 医王山(いおうざん) 甲山寺(こうやまじ)
開基・弘法大師
本尊・薬師如来
御真言・おん ころころ
せんだりまとうぎ そわか

………………………
善通寺市弘田町1765−1
0877-63-0074

  甲山と呼ばれる小高い山の麓にある
この辺りは弘法大師の故郷で、幼少の頃は仏像や草木の小堂を作って遊んだといわれる地です。平安時代初期、弘法大師が善通寺と曼荼羅寺の間に寺院を建立しようと霊地を探している時、甲山の麓で一人の翁に出会い、「この地に寺を建立すると良い。そうすれば、その寺は私がいつでも守護するであろう。」と告げたといいます。大師はさっそく石を割って、毘沙門像を刻み、山の岩窟に安置しました。これが甲山寺の始まりです。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第七十五番札所 五岳山(ごがくざん) 善通寺(ぜんつうじ)
開基・弘法大師
本尊・薬師如来

御真言・おん ころころ
せんだりまとうぎ そわか

………………………

善通寺市善通寺町3−3−1
0877-62-0111
駐・有料

  弘法大師三大霊場の一つ
弘法大師誕生の地で真言宗善通寺派の総本山。高野山、東寺とともに大師三大霊場の一つに数えられています。善通寺の創建は大同元年(806)、唐から帰国した大師が先祖の菩提を弔うために建立したのが始まりです。また大師ゆかりの品など寺宝も多く残され、中でも「一字一仏法華経序品」や三国伝来の「金剛錫杖頭」は国宝に指定されています。

巡礼日

善通寺には本堂、大師堂それぞれに山門と鐘楼堂があります
本堂の山門 本堂 本堂の鐘楼堂
大師堂の山門 大師堂 大師堂の鐘楼堂




第七十六番札所 鶏足山(けいそくざん) 金倉寺(こんぞうじ)
開基・和気道善
本尊・薬師如来
御真言・おん ころころ
せんだりまとうぎ そわか

………………………
善通寺市金蔵寺町1160
0877-62-0845
駐・有料

  弘法大師の甥、智証大師誕生の寺
智証大師は弘法大師の姪を母に持つ、天台寺門宗の開祖です。弘仁5年(814)に生まれ、幼少の頃から教典を読んでいました。霊感も強く、今でいう大霊能者だったようです。金倉寺が創建されたのは、善通寺よりも更に半世紀近く古く、宝亀5年8774)のことです。智証大師の祖父・和気道善が建てたもので、当時は道善寺と称していました

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第七十七番札所 桑多山(そうたざん) 道隆寺(どうりゅうじ)
開基・和気道善
本尊・薬師如来
御真言・おん ころころ
せんだりまとうぎ そわか

………………………
多度津町北鴨1−3−30
0877-32-3577

  眼なおし薬師様としても有名
開基は和銅5年(712)。領主の和気道隆が薬師如来を刻み堂宇を建立した事で、その後、唐より帰国の弘法大師に道隆の子朝祐が師事、大師自らが道隆の薬師像を胎内仏とした薬師如来を刻み本尊としました。寺宝には重要文化財の星曼荼羅図や、伝弘法大師筆の五大尊画像、智証大師作の五大尊木像などがあります。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第七十八番札所 仏光山(ぶっこうざん) 郷照寺(ごうしょうじ)
開基・行基
本尊・阿弥陀如来
御真言・おん あみりた
ていぜい からうん

………………………
宇多津町1435
0877-49-0710

  厄除けうたづ大師として信仰を集める
宇多津港を見渡す高台に有る郷照寺は奈良時代の神亀2年(725)の行基により開基し「道場寺」と称しました。時宗の開祖一遍上人が全国遊行の折に逗留され浄土の教えを広め、多くの民衆の帰依を受けました。この時できた法縁にてこの寺は真言宗と時宗の両宗にわたる寺として四国札所唯一の霊場となりました。また、厄除の寺として多くの信仰を集めており、特に正月は香川県はもとより、各県外からの人々の参拝で賑わいます。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第七十九番札所 金華山(きんかざん) 天皇寺(てんのうじ)
開基・弘法大師
本尊・十一面観音菩薩
御真言・おん まか
 きゃろにきゃ そわか

………………………
坂出市西庄町八十場
1713−2

0877-46-3508
駐・有料

  崇徳天皇の御鎮座所
行基菩薩に開基され、弘仁年間(810〜823)、弘法大師がこの地にある金山の岩窟で修行中霊験を感じ、その近くにある弥蘇場の泉を流れていた霊木で十一面観世音菩薩、阿弥陀如来、愛染明王を刻みました。保元元年(1156)、保元の乱に敗れた崇徳上皇は讃岐へ配流、長寛2年(1164)に崩御。上皇の冥福を祈願して崇徳天皇社が建立され、当院はその別当地となりました。天皇ゆかりの寺ということで「天皇寺」と呼ばれるようになったといわれています。

巡礼日

鳥居 本堂 大師堂 鐘楼堂




第八十番札所 白牛山(はくぎゅうざん) 国分寺(こくぶんじ)
開基・行基
本尊・十一面千手観音菩薩

御真言・おん 
   ばざらたらま   きりく(そわか)

………………………
国分寺町国分2065

087-874-0033

  見事な枝ぶりの松の木が茂る境内
天平13年(741)聖務天皇の勅願により国々に建立された讃岐の国分寺で、行基菩薩の開基であります。弘仁年間(810〜823)弘法大師四国巡礼の砌、本尊を修復、堂塔を整備しました。当時は東西二丁四方の広大な寺域を持ち、金堂や鐘楼、七重塔、僧坊などが立ち並ぶ大寺院でした。その後、天正年間(1579〜1591)に兵火がかかり、本堂と鐘楼を残して伽藍を焼失しましたが歴代住職により追々堂塔が復興されました。

佛足石

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第八十一番札所 綾松山(りょうしょうざん) 白峯寺(しろみねじ)
開基・弘法大師
    智証大師
本尊・千手観音菩薩

御真言・おん 
   ばざらたらま   きりく(そわか)

………………………

坂出市青海町2635
0877-47-0305

  白峯にある崇徳上皇ゆかりの寺
五色台の一つ、白峯の山腹にある寺。寺伝によると、弘仁6年(815)、弘法大師が白峯に宝珠を埋め閼伽井(あかい)を掘り堂を建立しました。智証大師がこの山に霊光を見、白髪の老翁に導かれて瀬戸内海を漂っていた霊木で千手観音を刻み、本尊としました。また多数の宝物や荘園を献じ、塔頭21を数えるほど隆盛しましたが、天災や兵火のため焼失、現在の建物は讃岐藩主・生駒家と松平家の再建によるものです。

巡礼日

山門 本堂 本堂 鐘楼堂




第八十ニ番札所 青峰山(せいほうざん) 根香寺(ねごろじ)
開基・弘法大師
    智証大師
本尊・千手観音菩薩
御真言・おん 
   ばざらたらま   きりく(そわか)

………………………
高松市中山町1506
087-881-3329
  牛鬼伝説が残る寺
五色台の青峰山中にあり、深い緑に包まれた寺。入唐前の弘法大師がこの地を訪れ、五つの峰に金剛界曼荼羅の五智如来を感得されあ、五大明王をまつり花蔵院(けぞういん)を建立しました。後に天長9年(832)大師の姪の子の智証大師が不思議な香りを放つ霊木を刻んで千手観音像を刻み、これを本尊として千手院(せんじゅいん)を創建。この本尊彫刻の木の根株が芳香を花っていたことから、この2院を総称して根香寺と号しました。見所の五大明王木像はいずれも県指定文化財です。

巡礼日
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第八十三番札所 神毫山(しんごうざん) 一宮寺(いちのみやじ)
開基・義淵僧正
本尊・聖観音菩薩

御真言・おん
     あろきゃ
     そわか

………………………
高松市一宮町607
087-885-2301

  地獄の釜という不思議な祭り祠がある
当山は大宝年間(701〜703)頃、義淵僧正により開基された古刹であります。当初は「大宝院」と称し法相宗に属していましたが諸国に一宇が建立された時、行基菩薩により堂塔を修築し田村神社の第一別当職(総括管理職)となり寺号も一宮寺とされあました。その後大同年間(806〜810)に弘法大師が巡?し御自ら聖観音像を刻み本尊として安置し、この時宗派も真言宗に改められました。

薬師如来縁起

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第八十四番札所 南面山(なんめんざん) 屋島寺(やしまじ)
開基・鑑真和上
本尊・十一面千手観音菩薩
御真言・おん 
   ばざらたらま 
  きりく(そわか)

………………………
高松市屋島東町1808
087-841-9418

有料道路有り

  源平合戦の遺物や宝物などを展示
景勝地・屋島山上にあり、源平合戦にも縁の深い寺です。天平勝宝5(753)、唐の名僧・鑑真和上が屋島北嶺にお堂を建てたのが始まりです。後に、弘法大師が伽藍を現在の南嶺に造営して中興開山の祖と仰がれました。江戸時代になると高松藩主・生駒家と松平家代々に庇護され再興されました。境内には650年ほど昔の鎌倉時代後期に建てられた本堂をはじめ、大師堂、三体堂などの諸堂が並んでいます。


太三郎狸

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第八十五番札所 五剣山(ごけんざん) 八栗寺(やくりじ)
開基・弘法大師
本尊・聖観音菩薩

御真言・おん
     あろきゃ
     そわか
………………………
高松市牟礼町牟礼3416

087-845-9603
ケーブル有料

  多くの信仰を集める八栗の聖天さん
八島の東、五剣山の中腹にあり、創建は天長6(829)。弘法大師がこの山に登り求聞持法(ぐもんじほう)を修したところ天から五本の剣が降ってくると共に山の守護神である蔵王権現が現れ守護のご神託をた蒙り五剣を山に埋め鎮護としたので、五剣山と名づけられました。また大師が中国に行く前に、その成果を占うため植え置かれた焼栗8つが悉く成長繁茂していたという因縁で八栗寺と名づけられました。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第八十六番札所 補陀落山(ふだらくさん) 志度寺(しどじ)
開基・薗子尼
    藤原不比等

本尊・十一面観音菩薩
御真言・おん まか
   きゃろにきゃ
    そわか

………………………
さぬき市志度1102
087-894-0086

  全国でも屈指の名園がある
推古天皇33(625)、薗子という尼が霊木で本尊を彫り、お堂を建てたのが寺の始まりです。その後、天武天皇10(681)、藤原不比等が妻である海女の墓を建立して「死度道場」と名づけました。その息子の房前(ふささき)が持統天皇7(693)行基とともに堂宇を拡張し、僧侶の学問所や信者の修行の場となりました。歴史のある寺には寺宝も多く、菅原道真筆「仁王経二巻」が納められています。

五重の塔

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第八十七番札所 補陀落山(ふだらくさん) 長尾寺(ながおじ
開基・行基
本尊・聖観音菩薩
御真言・おん
     あろきゃ
     そわか
………………………
さぬき市長尾西653
0879-52-2041
駐・有料

  「静御前得度の寺」と伝えられる
天平11(739)、行基が道端の柳の木で聖観音像を彫り安置したのが始まりといわれています。大同年間(806810)、弘法大師が入唐にあたり訪れて、年頭七夜の護摩所祈祷を行いました。帰国後再び来?した大師は入唐の大願成就を感謝し、大日一宇一石の供養塔を建立したといいます。また、この寺は源義経の側室である静御前が得度した寺とも言われ、静か(有心尼)の位牌が残っています。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼
(山門の中にあります)




第八十八番札所 医王山(いおうざん) 大窪寺(おおくぼじ
開基・行基
本尊・薬師如来
御真言・おん ころころ
せんだりまとうぎ そわか

………………………
さぬき市多和兼割96
0879-56-2278

  遍路の締めくくり、結願の寺
遍路の締めくくりとなる、八十八番の「結願所」。矢筈山の東腹の山中にあります。養老年間(717723)、行基が堂を建立したことにはじまります。その後弘法大師が巡?中、胎蔵ヶ峰(たいぞうがみね)の岩窟で求聞持法を修し、薬師如来を刻んで本尊とし、堂宇を整えたといいます。この時大師は、唐の恵果阿闍梨(けいかあじゃり)から授かりました、三国(インド・唐・日本)伝来の?杖も本尊と共に納めています。

寶状堂

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂
 (お寺の説明は農旅連「四国八十八ヶ所巡礼の旅」パンフレットを参考にしています)


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