遊遊HOUSE本館TOPへ
    (高知県の観光)



お遍路記

(愛媛県)
―伊予の国 「菩提の道場」―


四国八十八ヶ所霊場
 徳島    高知    香川  

弘法大師

高野山

四国別格二十霊場


四国霊場奥の院

お遍路とは・四国八十八ヶ所巡りの由来

必要な用具・巡拝手順


本尊について


遍路記録





第四十番札所 平城山(へいじょうざん) 観自在寺(かんじざいじ)
御朱印 お姿 開基・本尊・御真言 札所について
開基・弘法大師
本尊・薬師如来
御真言おん ころころせんだりまとうぎそわか

南宇和郡愛南町
御荘平城2253-1

0895-72-0416
  数多くの歴史を持つ郡内の最も古い寺
観自在寺は51代平城天皇の勅願所として、大同2年(807)4月に弘法大師が開いた寺。本尊の薬師如来と脇仏の阿弥陀如来、十一面観世音菩薩の3体の尊像は、弘法大師自身が一本の霊木から自作したと伝えられている。そのため天皇家から庶民まで、全国各地の人々の信仰を集めたという歴史を持っていて、当時日本にあった鎮守の一つにも数えられていた。特に、平城天皇、嵯峨天皇は親しく行幸された。
八体仏十二支守り本尊
「栄える」カエルの石像
新西国霊場本尊安行
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第四十一番札所 稲荷山(いなりざん) 龍光寺(りゅうこうじ)
開基・弘法大師
本尊・十一面観音菩薩
御真言・おん まかきゃろにきゃそわか

宇和島市三間町戸雁173
0895-58-2186
  三間のお稲荷さんの愛称で親しまれる
静かな農村地帯に佇む龍光寺は、三間平野を見下ろす、小高い山の中腹に位置しています。まずは石の大きな鳥居が出迎えてくれますが、これはもとの本尊がお稲荷大明神だったためです。寺の配置は他の霊場と少し違っています。山門はなく、鳥居をくぐって石段を上がると本堂と大師堂があり、さらに上がると正面が稲荷神社です。境内に足を踏み入れた瞬間は、まっすぐに延びた石段の上に立つ神社の屋根しか見えないので驚きます。

巡礼日
山門はありません 本堂
大師堂
鐘楼堂





第四十二番札所 一か山(いっかざん) 佛木寺(ぶつもくじ)
開基・弘法大師
本尊・大日如来
御真言・おんあびらうんけんばざらだどばん

宇和島市三間町則1683
08895-58-2216
  大日さんと呼ばれ、信仰を集める
大同2年(807)この地を巡錫していた弘法大師は、牛を引いて歩く一人の老人に出会いました。その老人に進められるがままに牛の背の中に乗っていくと、以前弘法大師が唐から有縁の地を選ばれる様にと東へ投げた宝珠が楠の大木の枝に掛かっているのを発見し、その楠で大日如来を刻み、宝珠をその眉間に納め本尊とし、一寺を建立しました。本尊がこの大日如来であることから、地元の人からは「大日さま」と呼ばれ、信仰を集めています

巡礼日
山門
本堂
大師堂
鐘楼堂




第四十三番札所 源光山(げんこうざん) 明石寺(めいせきじ)
開基・天澄上人
本尊・千手観音菩薩
御真言・おん ばざらたらま きりく(そわか)

西予市宇和町明石201
0894-62-0032
  全山には杉、松、楓の老樹がうっそうと繁る
明石寺は欽明天皇(539~571)の時代に、勅願によって円寺院正澄という行者が千手観世音を安置。七堂迦藍を建立して開基したといわれています。天平6年(734)には寿元行者が紀州能津より十二社権現を歓請しました。また、12坊を建立して、修験の道場としました。

天井の奉納絵

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第四十四番札所
 菅生山(すごうざん) 大寶寺(だいほうじ)
開基・明神右京・隼人
本尊・十一面観音菩薩
御真言・おん まかきゃろにきゃそわか

久万高原町菅生二番耕地1173
0892-21-0044
  久万町に繁栄をもたらした名刹
前の札所、第四十ニ番札所明石寺からの距離は実に95kmにも及ぶが、この距離は岩本寺、金剛福寺間に次いで、四国霊場の中でも2番目とか。いわゆる「遍路ころがし」という難所でもあり、参道には樹齢800年~1000年にも及ぶ杉が立ち並んでいる。おこりは大宝寺本尊の十一面観世音菩薩を、百済からやってきた聖僧が携えてきて、山中に安置したことから、それを明神左京、隼人という漁師が発見、草庵にまつった。また、境内に墓地がなく金仏様が出土した寺としても有名です。
巡礼日
山門
本堂
大師堂
鐘楼堂




第四十五番札所 海岸山(かいがんざん) 岩屋寺(いわやじ)
開基・弘法大師
本尊・不動明王

御真言 のうまくさんまんだばざらだん せんだ まかろしゃだそわたやうんたらた かんまん

久万高原町七鳥1468

0892-57-0417
駐・有料

  法華仙人が修行をしていた場所
約4000万年もの歴史が残した高さは80~100mの礫岩峰が円錐状にそびえ立ち、迫力ある景観が美しい、国指定の名勝地、古岩屋。その先にあるのが岩屋寺です。弘仁6年(815)に、弘法大師が修行の霊地を探して入山。明王鈴の音を頼りに岩山に登ったところ、法華仙人に出会った。弘法大師に深く帰衣した仙人は山を弘法大師に献上して住生を遂げる。大師堂は近年洋風を加味した独特の木造建築です。
穴禅定

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第四十六番札所 医王山(いおうざん) 浄瑠璃寺(じょうるりじ)
開基・行基
本尊・薬師如来
御真言おん ころころせんだりまとうぎ そわか

松山市浄瑠璃町282
089-963-0279
駐・有料

  ビャクシンの古木が茂り静かな境内
海抜710mの三坂峠は、古くから馬子泣かせといわれる難所。順打ちの歩き遍路なら、この峠の途中にある塩ヶ森より旧遍路道を下っていくとたどり着ける。開基の行基は和銅元年(708)、奈良の大仏開眼に先立って仏教不宣のために伊予へ。そしてこの地が仏教流布の最適地であると確信し、自ら本尊の薬師如来、脇仏の日光・月光菩薩像、十二神将像を刻んだ。寺号は薬師如来のいる場所が浄瑠璃浄土ということ、薬師如来の別名が浄瑠璃如来という事に由来する。

弁天池の蓮の花

本堂 大師堂 鐘楼堂
山門はありません




第四十七番札所 熊野山(くまのざん) 八坂寺(やさかじ)
開基・役行者小角
本尊・阿弥陀如来
御真言・おんあみりたていぜいからうん

松山市浄瑠璃町八坂773

089-963-0271

  八ヶ所の坂を開いて道をつけた
浄瑠璃寺からわずか1km、ゆるやかな坂を登り詰めた所に位置する八坂寺。その歴史は古く、行者、役行者小角(やくのぎょうじゃおづぬ)によって開基され、大宝元年(701)伊予の国司越智玉興(たまおき)が、文武天皇の勅願寺として建立した。この時、伽藍を建立するために8つの坂を切り開いたためこの寺号がつけられた。後に寺は荒廃してしまうが、弘仁6年(815)の来錫した弘法大師が、長年間にわたって逗留して再興。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第四十八番札所 清滝山(せいりゅうざん) 西林寺(さいりんじ)
開基・行基
本尊・十一面観音菩薩
御真言・おん まかきゃろにきゃそわか

松山市高井町1007
089-975-0319
  国家安泰を祈願する道場
西林寺は、天平13年(741)に行基が開基。当時、四国を旅していた行基が、伊予の国司・越智玉純に出会い、二人で語り合った末に徳威(とくい)の里(現在の松山市小野播磨塚あたり)に一寺を建立した。本尊の十一面観世音菩薩も行基が刻んだものといわれている。それから60数年後の大同2年(807),四国順錫中の弘法大師はこの寺に逗留。当時の国司・越智実勝とともに寺を現在地に移し、伽藍を再開した。

巡礼日
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第四十九番札所 西林山(せいりんざん) 浄土寺(じょうどじ)
開基・恵明上人
本尊・釈迦如来
御真言・のうまくさんまんだぼだなん ばく

松山市鷹子町1198
089-975-1730
駐・有料

  本尊釈迦如来は行基菩薩の作
小高い山を背にした浄土寺は、天平勝宝年間(749~757)に孝謙天皇の勅願で、恵明上人が行基作の釈迦如来をまつって創建したと伝えられている。最盛期には66坊もの末寺を持つ大寺院だったというが、後に弘法大師が訪れた時には荒廃。鎌倉時代には源頼朝が再興したが、応永4年(1397)には兵火によって堂宇を焼失。またも時運は衰退したが、文明14年(1482)に伊予の豪族・河野道宣が再建。現在の本堂はこの時に創建されたものだ。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第五十番札所  東山(ひがしやま) 繁多寺(はんたじ)
開基・行基
本尊・薬師如来
御真言おんころころせんだりまとうぎそわか

松山市畑寺町32
089-975-0910

  往時は末寺120ヶ所に及んだ
淡路山の中腹、町を見下ろす高台に位置する繁多寺は松山市内とは思えないほどの静かな風情が魅力。山門に面して右側には県工業用水地があり、穏やかな水面がのどかな風情を醸している。この寺は、天平勝宝年間(749~757)に孝謙天皇の勅願により行基が開基したといわれる。寺号は光明院といい、本尊の薬師如来はこの時に行基によって刻まれたといわれている。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第五十一番札所 熊野山(くまのざん) 石手寺(いしてじ)
開基・行基
本尊・薬師如来
御真言・おん ころころせんだりまとうぎ そわか

松山市石手2-9-21
089-977-0870

駐・有料
  衛門三郎の伝説を寺名の由来に持つ
四国霊場でも随一の寺宝、文化財を有する名刹。神亀5年(728)聖武天皇の勅願で伊予太守越智玉純が鎮護国家道場として伽藍を建立しました。本尊の薬師如来は、翌年の天平元年(729)に行基が開眼し寺号を安養寺としました。石手寺改称には一つの伝説が残ります。その時より名は石手寺となりました。

三重塔
鬼子母神
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第五十二番札所 瀧雲山(りゅううんざん 太山寺(たいさんじ)
開基・真野長者
本尊・十一面観音菩薩
御真言・おんまかきゃろにきゃそわか

松山市太山寺町1730
089-978-0329
  鎌倉建築で落ち着いた風格を持つ本堂
平安後期から歴代の天皇の帰依を集めたといわれる太山寺の創健者は、豊後国の真野長者。用明2年(586)、長者が大阪に向う途中の高浜沖で風雨に襲われた時、観音菩薩に祈って海難をのがれました。長者はその御礼として自国で木組した建材を選び、一夜で寺を建立したといわれています。天平11年(739)には聖武天皇勅願により行基が十一面観音を刻んで本尊として安置しました。鎌倉時代の特徴を表す本堂は国宝に指定されています。仏像七躰・仁王門なども重要文化財に指定されています。

楼 門
山門
本堂
大師堂
鐘楼堂




第五十三番札所 須賀山(すがさん) 円明寺(えんみょうじ)
開基・行基
本尊・阿弥陀如来
御真言おんあみりたていぜい からうん

松山市和気町1-182
089-978-1129
  和気の圓明さんの愛称で親しまれる
「和気の圓明さん」の愛称で親しまれる円明寺。開基は天平勝宝元年(749) 聖武天皇の勅願を受けた行基が自ら阿弥陀如来を刻みお堂に安置したことからはじまります。当時は西山という海岸にあったが兵火によって焼失。元和元年(1615)に、現在の地に移されました。境内には八脚門・中門・本堂・大師堂・観音堂などがあr、庶民的な雰囲気が漂う。

キリシタン灯篭

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第五十四番札所 近見山(ちかみざん) 延命寺(えんめいじ)
開基・行基
本尊・不動明王
御真言
のうまくさんまんだばざらだん せんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん


今治市阿方甲636
0898-22-5696

  鐘面に寺の由来がしるされている
この寺は行基の開基。弘法大師の御再興、嵯峨天皇の勅願所でありました。昔は背後に聳ゆる近見山(国立公園)にあり、七堂伽藍は甍を連ね、百坊が谷々にあって、信仰と学問修行の中心道場でありました。再三の火災で古いものは一切焼失しましたが、本尊不動明王は、その都度火難をのがれました。鎌倉時代に、大学僧凝然国師が、この寺の西谷の坊で「八宗鋼要」を著わしたことはあまりにも有名であります。寺名の円明寺(俗称延命寺)は、松山市の四国五十三番円明寺と間違って困り円明寺の称をやめて、俗称の「延命寺」を正式の寺号としました。境内には「あせびの木」が沢山あって、春彼岸頃から約一ヶ月間可愛い花をつけます。伝説には、梵鐘の伝説・孫兵衛伝説・自覚法師伝説などがあります。
巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第五十五番札所 別宮山(べっくさん) 南光坊(なんこうぼう)
開基・行基
本尊・大通智勝如来
御真言・おん まかびじゃな じゃなのうびいぶう そわか

会治市別宮町3-1
0898-22-2916

  航空安全を願う大山祗神社の別宮
四国霊場で坊とつくのはここだけです。別宮大山祗神社と隣接しており、明治初年までは大山祗神社の別当寺であったといいます。その縁起は今から1300年前にさかのぼります。七堂伽藍の美を極めたものであったが、現在はただこの一坊を残すのみです。三宝米を広めた越智寛雄のお墓があります。

巡礼日

鐘楼門 本堂 大師堂 鐘楼堂
(山門の中にあります)




第五十六番札所  金輪山(きんりんざん) 泰山寺(たいさんじ)
開基・弘法大師
本尊・地蔵菩薩
御真言・おんかかかびさんまえいそわか

今治市小泉1-9-18
0898-22-5959
駐・有料

  蒼社川の氾濫を防ぐためにつくられた
この地を巡錫した弘法大師が、この村に伝え起こる悪霊の祟りからの毎年の川の氾濫を鎮める為、大師は村人達を指導して、堤防を建設、土砂加持の秘法を七座厳修されました。その満願の日に、延命地蔵が現れ、大師がその尊像を刻み一寺を建立したことからこの寺が始まったといわれています。

巡礼日

本堂 大師堂 鐘楼堂
山門はありません




第五十七番札所  府頭山(ふとうざん) 栄福寺(えいふくじ)
開基・弘法大師
本尊・阿弥陀如来
御真言・おん あみりたていぜい からうん

今治市玉川町八幡200
0898-55-2432
駐・有料

  海路の平安と加護を祈ったといわれる
木々に抱かれたような佇まいを見せる栄福寺は、開基は弘法大師で嵯峨天皇の勅願によって弘仁年間(810~824)にひらかれました。大師がこの道を巡錫した際、周辺の海で海難事故が相次いでいる事を知り、海神供養の護摩供を厳修。その満願の日に、海の中から阿弥陀如来が出現しました。そこで大師はこの阿弥陀如来を本尊として堂宇を創建したといいます。

巡礼日

本堂 大師堂 鐘楼堂
山門はありません




第五十八番札所 作礼山(されいざん) 仙遊寺(せんゆうじ)
開基・越智守興
本尊・千手観音菩薩

御真言・おんばざらたらまきりく(そわか)

今治市玉川町別所483
0898-55-2141
参道有料

  作礼山の山頂に立ち、竜の伝説が残る寺
「あされさん」の愛称で親しまれる仙遊寺は、天智天皇の勅願により国守・越智興公が堂宇を建立。海抜約300mの山上にあるこの寺の本尊は千手観世音菩薩で、これには海から上がってきた竜女が彫り上げたという伝説が残っています。夜になると近くに竜登川を、おびただしい竜灯桜に献上したと言われています。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第五十九番札所  金光山(こんこうざん) 国分寺(こくぶんじ)
開基・行基
本尊・薬師如来
御真言おん ころころせんだりまとうぎ そわか

今治市国分4-1-33
0898-48-0533
駐・有料

  長い歴史を守り続けてきた
風光明媚な唐小浜にほど近い、唐子山の麓にたたずむ寺。広々とした境内には正面奥に本堂、右手に大師堂、左手に金毘羅堂があります。国分寺は聖武天皇の勅願により、全国に建立された寺です。四国にも各寺に一ヶ寺ずつあり、いずれも四国霊場となっています。伊予の国分寺は天平13年(741)に行基が開基。

七福神
握手修行大師


本堂 大師堂 鐘楼堂
山門はありません




第六十番札所 石鈇山(いしづちさん) 横峰寺(よこみねじ)
開基・役行者小角
本尊・大日如来
御真言・おんあびらうんけんばざらだどばん

西条市小松町石鎚2253
0897-59-0142
参道・有料

  石鎚山の中腹、霊場第3番目の高さに立つ
西日本最高峰、石鎚山系中腹にある札所は古くから遍路泣かせの難所と言われています。開祖は修験僧の開祖・役行者小角(えんぎょうじゃおづぬ)。白雉2年(651)、星ガ森(石鎚山遥拝所)で修行中の役行者小角は、石鎚山頂で蔵王権現のお姿を見て、そのままの姿を石楠花(しゃくなげ)の木に刻んで小堂に安置しました。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第六十一番札所  栴檀山(せんだんさん) 香園寺(こうおんじ)
開基・聖徳太子
本尊・大日如来
御真言・おんあびらうんけんばざらだどばん

西条市小松町南川19
0898-72-3861

  子安の大師と呼ばれ全国に信仰が広がる
小松町のはずれ山の麓で約一万坪の敷地を誇る香園寺は、聖徳太子ゆかりの寺です。大聖堂(本堂大師堂)は昭和51年に建立された鉄筋コンクリート造りのモダンなたたずまいです。弘法大師が難産の婦人を御祈願され無事に男の子を出産し手に赤ちゃんを抱いた子安大師を祀っています。寺の歴史は古く用明天皇(585~586)の病気平癒を祈願して聖徳太子が創建したと伝えられています。

子安大師

本堂大師堂 鐘楼堂




第六十ニ番札所 天養山(てんようざん) 宝寿寺(ほうじゅじ)
開基・聖武天皇
本尊・十一面観音菩薩
御真言・おんまかきゃろにきゃそわか

西条市小松町新屋敷428
0898-72-2210

  聖武天皇の勅願で建立された
聖武天皇は天平年間(729~749)に大己貴尊のご神託を受けて、諸国に一ノ宮を建立しました。宝寿寺は、伊予国一ノ宮の御法楽所として建立された寺。当初は金剛宝寺と称していました。大同年間(806~810)に弘法大師が来錫、光明皇后を型どった十一面観世音菩薩を刻んで本尊とし、第六十ニ番札所と定めました

巡礼日

本堂 大師堂
山門はありません
鐘楼堂はありません




第六十三番札所 密教山(みっきょうざん) 吉祥寺(きちじょうじ)
開基・弘法大師
本尊・昆沙門天
御真言・おんべいしらまんだや そわか

西条市氷見乙1048
0897-57-8863

  毘沙聞天を御本尊としている唯一のお寺。
弘仁年間(810~823)、弘法大師がこの近くを通りかかったときに光を放っている檜を発見しました。その木に一刀三礼して毘沙聞天と脇仏の吉祥天、善尼師童子を刻み堂宇に安置したのが始まりのようです。


巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第六十四番札所 石鈇山(いしづちさん) 前神寺(まえがみじ)
開基・役行者小角
本尊・阿弥陀如来
御真言・おんあみりたていぜいからうん

西条市州之内甲1426
0897-56-2745

  石鉄信仰を中心とした立派な寺院
真言宗石鉄派の総本山で石鉄修験場の根本道場でもある役行者小角が開基したと伝えられています。石鉄大権現が祀られていたことから、桓武天皇(782~805)が病気平癒を祈願。見事に成就したため、七堂伽藍を建立して金色院前神寺と称し勅願所としました。

巡礼日

山門 本堂 本堂大師堂 鐘楼堂




第六十五番札所 由霊山(ゆれいざん) 三角寺(さんかくじ)
開基・行基
本尊・十一面観音菩薩
御真言・おん まかきゃろにきゃそわか

四国中央市金田町三角寺75
0896-56-3065

  大師が降伏護摩の大法を修行された
標高450mの三角寺山の中腹に佇む伊予国最後の札所です。天平年間(729~749),聖務天皇の勅願により、弥勒菩薩の浄土を現して行基が開基しました。弘仁6年(815)にこの地を来錫した弘法大師が本尊となる檜材一木造りの十一面観世音菩薩を堂宇に安置し、第六十五番札所に定めました。

巡礼日

山門 本堂 大師堂 鐘楼
(お寺の説明は農旅連「四国八十八ヶ所巡礼の旅」パンフレットを参考にしています)

1


[PR]mnZZŕ:dŋCɂȂ邠̐ll̑ff