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  (高知県の観光)

お遍路記

(徳島県)
―阿波の国「発心の道場」―




四国八十八ヶ所霊場
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弘法大師

高野山

四国別格二十霊場


四国霊場奥の院


お遍路とは・四国八十八ヶ所巡りの由来  


お遍路に必要な用具・巡拝手順


御本尊について
  
 遍路記録





第一番札所 竺和山(じくわざん)  霊山寺(りょうざんじ)
御朱印 お姿 開基・本尊御真言 札所について
開基・行基
本尊・釈迦如来
御真言・
のうまくさんまんだぼだなん ばく

大麻町板東126
088-689-1111
  聖武天皇勅願により開基
四国巡礼の第一歩を踏み出す天平年間、聖武天皇の信頼も厚かった行基が、天皇の勅願により開基。その後、弘法大師は人間の持つ八十八の煩悩をなくそうと、この地を21日間修行している時に、数多くの菩薩が一老師を囲んで熱心に法を開いている光景を目の当たりにしました。釈迦如来がインドの霊鷲山(りょうじゅざん)で説法されていた様子に似ていたことから、インドの霊山を日本に移すという意味からこの名が付き、密教・阿字五転の法則に従って、四国を右回りに巡る遍路道を創って1200年余りになります。

 発願の寺
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第二番札所 日照山(にっしょうざん) 極楽寺(ごくらくじ)
開基・行基
本尊・阿弥陀如来
御真言・おんあみりたていぜいからうん

鳴門市大麻町檜段の上12
088-689-1112
  阿弥陀如来の姿を彫刻し本尊とす
三方を山で囲まれた閑静な雰囲気の中に位置し、元々この地方は古くから開かれた土地で、寺の裏山からは旧石器時代の遺物が多数出土されています。一番札所と同様に行基が寺を開基し、弘法大師がこの地で21日間修行、その結願の日に現れた阿弥陀如来の姿を彫刻し本尊とし、八十八ヶ所の第二番札所に定めたようです。

巡礼日
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第三番札所 亀光山(きこうざん) 金泉寺(こんせんじ)
開基・行基
本尊・釈迦如来
御真言・
のうまくさんまんだぼだなん ばく

板野町大寺亀山66
088-672-1087
  霊水が湧き出たため金泉寺と改称
聖武天皇勅願により天平年間(729~749)に建立。当時は金光明寺と言われていたが、のちに弘法大師巡鍚中に水不足で悩む地元の住民の声を聞き、大師が井戸を掘りました。すると霊水が湧き出た為、そのすばらしさに感動した大師は堂宇を建てて金泉寺と改称しました。その後亀山天皇が金泉寺を崇拝し、京都の蓮華王院にならった三十三間堂を設立、さらに千手堂を安置して、山号を亀光山と称したそうです。

黄金の井戸
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第四番札所 黒巌山(こくがんざん) 大日寺(だいにちじ)
開基・弘法大師
本尊・大日如来
御真言・おん
あびらうんけん
ばざらだどばん


板野町黒谷居内5
088-672-1225
  一尺八寸の大日如来を彫って本尊に
開創年代ははっきりしないが、弘法大師が長く滞在して修法し、一尺八寸(約55cm)の大日如来を彫って本尊にしたといいます。この本尊の大日如来は八十八ヶ所中六ヶ所しかなく、真言宗では、「宇宙の中心、万物の根元とされる人々にあまねく、慈悲をもたらす最高の仏」とされています。大師は本尊にちなんで寺号を大日寺とし、第四番札所に定めたそうです。今では、周りを渓流、森の木々に覆い尽くされ、まさに霊地というのに相応しい幽玄な雰囲気です。

三十三ヶ所の観音像
鐘楼門 本堂 大師堂 鐘楼堂
(山門の中にあります)




第五番札所 無尽山(むじんざん) 地蔵寺(じぞうじ)
開基・弘法大師
本尊・勝軍地蔵菩薩
御真言・おん
かかかびさんまえいそわか


板野町羅漢字林東5
088-672-4111
  嵯峨天皇の勅願で弘法大師が開創
弘仁12年(821)嵯峨天皇の勅願によって弘法大師が開創。大師が刻んだ本尊の勝軍地蔵菩薩は、高さ一寸八分(約5cm余り)で、甲冑(かっちゅう)を身につけ馬にまたがるという勇ましい姿です。その後、浄函上人(じょうかんしょうにん)が延命地蔵を彫り、その胎内に大師の菩薩を納めたといいます。仁王門をくぐると、12000坪の広大な敷地にそびえる樹齢800年を超える大銀杏(たらちね銀杏)に目を覆われます。

たらちね銀杏

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第六番札所 温泉山(おんせんざん) 安楽寺(あんらくじ)
開基・弘法大師
本尊・薬師如来
御真言・おん ころころせんだりまとうぎ 
そわか


上板町引野寺の西北8
088-694-2046
  弘法大師が温泉湯治の御利益を伝えた
最古の文献「四国遍礼霊場記」(元禄2年1689寂本著)には「相遂来て医王の神化を人みな仰ぎ、寺院繁栄に至り、十二宇門甍を接し、鈴鐘のひびき絶えるときなし。」と記されているように、1km離れた安楽寺谷源流の滝の行場や瓦が出土する奥之院、雨宝堂とよばれている庵、神社、平安時代の石碑(立石さん)など、周辺に史跡が点在し、当時の広大な寺域を想像することができます。その後の長曾我部の兵火や神仏分離によって、今に至っています。四国遍路の温泉のある宿坊。

多宝塔
鐘楼門 本堂 大師堂 鐘楼堂
(山門の中にあります)




第七番札所 光明山(こうみょうざん) 十楽寺(じゅうらくじ)
開基・弘法大師
本尊・阿弥陀如来
御真言・おん あみりたていぜいからうん

阿波市高尾法教田58
088-695-2150
  十の光明に輝く楽しみをの願い
現在の場所より3km余り奥の十楽谷に堂ヶ原という場所があります。この地を訪れた弘法大師が阿弥陀如来を感得し、樟で本尊を刻み堂宇を建立して開基しました。またその際、人間が持つ八つの苦しみを阿弥陀如来の慈悲によって克服し、十の光明に輝く楽しみを得られるようにと願いを寺名に込めたそうです。

巡礼日
鐘楼門 本堂 大師堂 鐘楼堂
(山門の中にあります)




第八番札所 普明山(ふみょうざん) 熊谷寺(くまだにじ)
開基・弘法大師
本尊・千手観音菩薩
御真言・おん ばざらたらま きりく(そわか)

阿波市土成前田185
088-695-2065
  永享3年作の古い大師像として寺堂に
本堂からさらに階段を34段登ったところにある大師堂は、屋根に据え付けられた露盤から見ると宝永4年(1707)の建立とわかります。安置されている大師像も永享3年(1431)の作とかなり古い像として寺宝にもなっています(徳島県指定重要文化財)。また、徳島平野を一望できる絶景は、ここまで階段を登ってきた疲れを忘れさせてくれます。

中 門
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第九番札所 正覚山(しょうかくざん) 法輪寺(ほうりんじ)
開基・弘法大師
本尊・涅槃釈迦如来

御真言・
のうまくさんまんだ
ぼだなん ばく


阿波市土成田中98-2
088-695-2080
  八十八ヶ所で唯一の寝姿の仏像
弘法大師によって創建されました。当時、白蛇山法林寺と号し、以来寺は壮大な伽藍を誇っていましたが、戦国時代に境内は兵火によってすべて焼失しました。その後、正保年間(1644~1648)になって現在地に移され、正覚法輪寺と名を改めて再興しました。安政6年(1859)にまたしても失火により桜門だけうを残して焼失してしまいます。八十八ヶ所で唯一と言われる珍しい寝姿の仏像が祀れている本堂です。

涅槃釈迦如来
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第十番札所 得度山(とくどざん) 切幡寺(きりはたじ)
開基・弘法大師
本尊・千手観音菩薩
御真言・おん ばざらたらまきりく(そわか)

板野町羅漢林東5
0883-36-3010

  千手観音になった娘の伝説がのこる
弘仁の昔、当山山麓に、機を織って暮らしている娘がありました。そこへ後の弘法大師が旅僧姿で現れて、衣服を繕う布切れを所望されたところ、その娘は今自分が織っている布の真ん中から惜しげのなく切って差し出しました。僧はこの行為に感動して、娘の願いをいれ千手観音の像を刻み、また娘の願いによって剃髪得度させ、灌頂を授けたところ、娘はその身から光明を放って千手観音の姿に変わった。そこで、大師は嵯峨天皇に奏請して一寺を建立して得度山潅頂院切幡寺と名付けました。

巡礼日
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第十一番札所 金剛山(こんごうざん) 藤井寺(ふじいでら)
開基・弘法大師
本尊・薬師如来

御真言・おん ころころせんだりまとうぎ
そわか


鴨島町飯尾1525

0883-24-2384
駐・有料
  弘法大師は藤をお植えになられ・・・
弘仁年間、この地に立ち寄られた弘法大師が、三面を山に囲まれた渓流の水清き三鏡に心ひかれました。現在境内のある所からさらに山中に入ったところにある八畳岩の上に護摩壇を築き、金剛不壊の道場として、17日間もの間、修行をしたといわれています。そして境内に五色の藤をお植えになりました。その由来からこの寺は金剛山藤井寺の寺号となりました。

本堂の天井
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第十二番札所 摩蘆山(まろさん) 焼山寺(しょうさんじ)
開基・役行者小角
本尊・虚空蔵菩薩
御真言のうぼう あきゃしゃきゃらばや おんありきゃまり ぼり そわか

神山町下分字地中318
088-677-0112

駐・有料
  八十八ヶ所中、残された古参道
標高938m焼山寺山の八合目付近に位置するこの寺は八十八ヶ所中、古参道として残された数少ない遍路道であります。もともとは役行者小角(えんのぎょうじゃおづぬ)開基による。後に弘法大師が開祖のおり、本尊国堂菩薩を安置し、今にいたっています。

巡礼日
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第十三番札所 大栗山(おおぐりざん) 大日寺(だいにちじ)
開基・弘法大師
本尊・十一面観音菩薩

御真言・おん まか
きゃろにきゃそわか


徳島市一宮町西丁263
088-644-0069
  大日如来のお告げで建立
弘仁6年(815)、この道で修行中の弘法大師のもとに大日如来が現れ、「この道は霊地なり、心あらば一宇を建立せよ」と大師に告げたそうです。そこで早速大日如来を刻み本尊とし、堂宇を建てて安置しました。寺名もこの事にちなんでつけられたものです。

巡礼日
山門 本堂 大師堂
鐘楼堂は未だ
再築されていません




第十四番札所 盛寿山(せいじゅざん) 常楽寺(じょうらくじ)
開基・弘法大師
本尊・弥勒菩薩
御真言・おんまいたれいやそわか

徳島市国府町延命606
088-642-0471
  弥勅菩薩を大師が霊木に刻んで本尊に
弘仁6年(815)にこの地で修行を行った弘法大師が創建した寺。修行中に化身した弥勅(みろく)菩薩が多くの菩薩を従えて現われ、説法を行ったので、大師は霊木にその姿を刻んで堂宇を建てて本尊にしたといいます

流水岩の庭
本堂 大師堂 鐘楼堂
山門はありません




第十五番札所 薬王山(やくおうざん) 国分寺(こくぶんじ)
開基・聖武天皇
本尊・薬師如来
御真言・おん ころろせんだりまとうぎそわか

国府町矢野718-1
088-642-0525
  七重大塔を備えた大寺院
天平13年(741)聖武天皇が天下泰平を祈願して建立した全国66国分寺の一つです。天皇の勅命を受けた行基が建立を指揮。当時の規模は寺領二町四方、鎮護国家の勅願書として七重大塔を備えた大寺院として知られていました。

巡礼日
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第十六番札所 光耀山(こうようざん) 観音寺(かんおんじ)
開基・弘法大師
本尊・千手観音菩薩
御真言・おんばざらたらまきりく(そわか)

徳島市国府町字観音49-2
088-642-2375

  等身大の千手観世音菩薩を本尊に
天平13年(741)聖武天皇の勅願道場として創設。その後、弘仁7年(816)に弘法大師がこの地を訪れ、等身大の千手観世音菩薩を刻んで本尊として、両脇侍に不動明王と毘沙門天を安置しました。これは観音菩薩の功徳と不動明王の威力、毘沙門天の授福にあやかるということで、焼山寺の三面大黒などと共通した様式です。

巡礼日
山門 本堂 大師堂

鐘が供出された為
鐘楼堂はありません





第十七番札所 瑠璃山(るりざん) 井戸寺(いどじ)
開基・天武天皇
本尊・七仏薬師如来
御真言・おん ころころせんだりまとうぎ そわか

徳島市国府町井戸北屋敷80-1
088-642-1324
  本尊の七仏薬師如来は聖徳太子の作といわれている
のどかな田園の中に、朱塗りの大きな門が目をひく寺。本尊の七仏薬師如来は聖徳太子の作といわれている。弘仁6年(815)にこの地を訪れた弘法大師はこの御本尊を是非にと拝みになられ、その際、身の丈6尺五寸余りの十一面観世音菩薩はカヤの木の一本造りで、国の重要文化財に指定されています。

面影の井戸
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第十八番札所 母養山(ぼようざん) 恩山寺(おんざんじ)
開基・行基
本尊・薬師如来
御真言・おんころころせんだりまとうぎ
そわか


小松島市田野町恩山寺谷40
08853-3-1218
  女人禁制が弘法大師によって解禁
もともとこの寺は行基が厄除のために薬師如来を御本尊として刻み、大日山福生院密厳寺(大日さんふくしょういんみつごいん)と号していました。そして、諸人の災厄を除く道場として、女人禁制の寺であったといいます。100年余りを経たある時、この寺で修行中の弘法大師を母が訪ねてきたが会うことが許されなかったそうです。そこで大師はひと七日(一週間)滝に打たれ修行をし女人禁制の秘法を修め、母を寺内に招き入れ孝行を尽くしたそうです。その事から、母養山恩山寺と寺号を改めたのです。
びらん樹
地蔵堂
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第十九番札所 橋池山(きょうちざん) 立江寺(たつえじ)
開基・行基
本尊・延命地蔵菩薩
御真言・おんかかかびさんまえいそわか

小松島市立江町字若松13
08853-7-1019

駐・有料
  一寸八分の金の地蔵菩薩を本尊に
聖武天皇の勅願により、天平19年(747)に行基菩薩が光明皇后の安産を祈願しつつ、念寺仏として一寸八分(約6cm)の金の地蔵菩薩「延命地蔵尊」を刻み、それを本尊として堂宇を建立したのが始まりと言われています。建立にあたっては、どこからともなく飛んできた白鷹が橋の上にとまり、行基菩薩に建てるべき場所を暗示したといいます。

巡礼日
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第ニ十番札所 霊鷲山(りょうじゅざん) 鶴林寺(かくりんじ)
開基・弘法大師
本尊・地蔵菩薩
御真言・おん
かかかびさんまえいそわか


勝浦町生名鷲ヶ尾14
08854-2-3020
  境内の樹齢800年以上の老杉に歴史を感じる
八十八ヶ所で二番目に難所といわれるだけに、急勾配な道をどんどん上がったところに寺があります。鬱蒼とした木立ちの中にあらわれる仁王門は、実に堂々として、境内の樹齢800年以上の老杉が、歴史を感じさせます。延歴17年(798)に垣武天皇の勅願により、開基されたのがこの寺の歴史の始まりです。

三重塔
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第ニ十一番札所 舎心山(しゃしんざん) 太龍寺(たいりゅうじ)
開基・弘法大師
本尊・虚空蔵菩薩
御真言のうぼうあきゃしゃきゃらばやおありきゃまりぼりそわか

阿南市加茂町龍山2
0884-62-2021
  阿波の三難所の一つ
阿波の三難所の一つと言われる寺は、標高600mの山頂付近にありますが、今ではロープウェイで楽に行け、山頂駅に着けば本堂へ続く長い石段と黒門が出迎えてくれます。垣武天皇の勅願によって開かれた寺で、弘法大師が自ら刻まれた虚空蔵菩薩が御本尊として本堂に安置されています。幸福、人徳、財力、知恵を無限に授けてくれる仏様だそうです。

龍天井
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第ニ十ニ番札所 白水山(はくすいざん) 平等寺(びょうどうじ)
開基・弘法大師
本尊・薬師如来
御真言・おんころころ
せんだりまとうぎそわか


阿南市新野町秋山177
0884-36-3522
  乳の如き白い水が沸いた開運の井戸
延歴11年(792)、弘法大師開基。当山は、弘法大師御修行のみぎり空中に五色の霊雲たなびき、その中に金色の梵字(バン)が現れ、大師歓喜して加持されると薬師如来の尊像が現れて光明が四方にかがやきました。大師がさっそく加持水を求めて一つ井戸を掘られたところ、乳の如き白き水が湧きあふれたのであります。

巡礼日
山門 本堂 大師堂 鐘楼堂




第二十三番札所 医王山(いおうざん) 薬王寺(やくおうじ)
開基・行基
本尊・薬師如来
御真言・おんころころ
せんだりまとうぎそわか


日和佐町奥河内寺前256-7
0884-77-0023
  弘法大師厄除の寺
神亀3年8726)に行基が開基し、弘仁6年(815)に大師が平城天皇から、厄除け祈願寺を開くようにとの勅願を受けて本尊の厄除薬師如来を刻んで安置し、厄除けの根本祈願寺としました。平城天皇、嵯峨天皇、浡和天皇、鳥羽天皇と、歴代の天皇が厄除け祈願をするために勅使を遣わしたといいます。

瑜祇塔(ゆぎとう)
随求の鐘

山門 本堂 大師堂 鐘楼堂
 (お寺の説明は農旅連「四国八十八ヶ所巡礼の旅」パンフレットを参考にしています)
(2006,7,25~2007,6,17記)


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