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   (高知県の観光)



高野山


  1200年に及ぶ歴史をもつ、弘法大師(空海)が開山した真言密教    の聖地。 
  標高900mの山上、和歌山県伊都郡高野町高野山 に、
  金剛峯寺を含め117カ寺が集い、一大宗教都市となっています。

  高野山は平成16年(2004)7月に、
  「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されました。


高野山参拝を終えて・・(H21、12月)

弘法大師

四国霊場八十八ヶ所
徳島県 高知県 愛媛県 香川県
四国別格二十霊場

四国霊場奥の院


 奥の院

奥の院の入り口は一の橋と中の橋の2箇所があるが、正式には一の橋から参拝する。一の橋から御廟までの約2kmの参道には、皇室、公家、大名などの墓が多数並び、戦国大名の6割以上の墓所がある。その総数は正確には把握できないものの、20万基以上はあると言われている。参道途上には「みろく石」などの七不思議と呼ばれる場所もある。
御廟橋を渡ると空海入定(にゅうじょう)の地とされる奥の院である。一番奥には空海が今も瞑想されている御廟があり、その手前には信者が供えた無数の灯明がゆらめく燈篭堂がある。空海は62歳の時、座禅を組み、手には大日如来の印を組んだまま、永遠の悟りの世界に入り、今も高野山奥の院で生きていると信じられている。「死去」と言わず「入定」というのはそのためである。


御廟橋と奥の院

弘法大師のお御影




 大 門 






大門は数度の火災による焼失の結果、現在の建物は江戸時代中期に再建されたもので、中国風と和風の建築様式を折衷した和様による大型建築の傑作として 
国重要文化財に指定されている。





 総本山金剛峯寺(こんごうぶじ) 


壇上伽藍の東北方にある。1869年(明治2年)、いずれも豊臣秀吉ゆかりの寺院である青巖寺と興山寺を合併し、金剛峯寺と改称した。青巖寺(剃髪寺)は秀吉が亡母の菩提のために建立したもので、豊臣秀次が自刃した場所としても知られている。金剛峯寺の主殿は江戸末期文久3年(1863年)に再建された、東西 54 m 南北 63 m の書院造建築である。「金剛峯寺」の寺号は空海が名付けたもので、元来は高野山全体を指す名称であったが、明治期以降は、高野山真言宗の管長が住むこの総本山寺院のことを「金剛峯寺」と称している。

屋根の上に置かれた防火用の水桶は、かつては高野山全域で見られたが今も置かれているのはここのみだそうです

   2004年5月8日にも金剛峯寺へ行きました。こちらからどうぞ。。



 壇上伽藍(だんじょうがらん) 

壇上伽藍は、高野山開設当事、先ずこの地に諸堂が建設された地で、根本大塔を密教宇宙の中心軸として展開されており、諸堂の配置も独特に真言密教の思想を具現化した聖地です。奥の院と共に高野山の二大聖地です。また、伽藍は一山の重要な法会のほとんどが行われる場所でもあります。

根本大塔

西 塔

御影堂

高野四郎




  六時の鐘 
福島正則が母の弔い建立した鐘。
朝六時から夜10時まで2時間毎に
山内に時を知らせます。



 女人堂 

高野山には七つの登り口があり、高野七口(こうやななくち)と呼ばれていました。明治5年(1872年)に女人禁制が解かれるまで、女性の立ち入りが厳しく制限され、そのため各登り口に女性のための参籠所が設けられ、女人堂と呼ばれました。現在の女人堂は唯一現存する建物です。



 金剛三昧院 
(こんごうさんまいいん)

  
  
高野山真言宗・別格本山  


多宝塔国宝 金剛三昧院本殿 昼食の精進料理goodでした♪




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